destiny is matter of choice

ワークライフバランスのこと、旅のこと、本のこと、映画のこと、インテリアのこと。

チキン・オア・マトン

インドでの食生活はほとんどベジ(ベジタリアン)一択だった。

というのも、旅行中は質素な食事を心がけたいというのもあったし、またベジタリアンメニューだと肉が入らない分20ルピーほどお安いという昔貧乏旅行中についてしまった癖のもある。

 

そして何よりも宗教的な理由からベジタリアンであることが当然のような環境なので、レストランも肉メニューはなくとも、菜食メニューを用意していないことなど決してないのだ。

 

レストランに行くと、ああここはインドなんだなぁという出来事があった。ムスリムの友人とビリヤニを食べに行った時のことだが、肉の選択肢が羊肉と鶏肉なことに違和感を覚えたのだ。

 

私は札幌の出身なので、羊肉を食べることには慣れている方だと思うけれど、それもジンギスカンとしての食しか型ほとんどなので、北海道の食卓でも羊肉を何かの料理に使うということはあまりない。

 

インドは牛が神聖な動物なので食べないというヒンドゥーのイメージだけだった自分にとって、この国にはイスラム教徒も多数いて豚肉も同等の扱いだということに現地に行って気付かされたのだ。そういえば私が行ったのが、北東部にいちするウエスベンガルだったことも理由の一つかもしれないが、コルカタ・バラナシ・ダージリンヒンドゥーの聖地であったり、やチベット難民がいるといわれるとちでもアザーンがどの街でも聞こえていた。

 

中国東方航空を利用して、札幌~南京~昆明コルカタと往復したのだが、機内食も中国国内は「チキン・オア・ポーク」だったが、コルカタ便は「チキン・オア・フィッシュ」と聞かれ、牛肉と豚肉の選択肢がなかったのである。

 

ベンガル人は魚好きとして有名らしく、コルカタベンガル人のお宅で昼食をいただいたときも、おかずの3品中2品は魚だった。

 

私は特にベジタリアンではないが、日本に帰国した後に親子丼を作った時に道端で生きたまま売られていた鶏を思い出したり、肉屋でなぜか皮を剥がれた羊が吊るされているだけなら良いのだが、必ず「これは羊の肉ですから安心してくださいね」という意味なのか頭が置かれていたりしたのを思い出す。

 

日本の生活では加工あるいは調理された状態で手元に来る肉魚なわけで、命を頂いていることを目の当たりにすることがない。なので、日本の生活に慣れるまではちょっと肉食が黒く感じられるようになったりするのだ。

 

インドでのそれは、マレーシアでハラル対応でない中国系のレストランをショッピングモールの中で見かけたことはあったのだが、基本的にとても融合されていると思う。

 

ヒンドゥーの中には敬虔ゆえに牛肉だけでなく、肉食そのものをしない人たちもいてそういった人たちのためにベジタリアンのみを出すレストランもあったし(これはしかもダージリンで)、またちょっとランクの高いレストランに入った時でもやはりお客様の層を意識してなのか中華料理でも鶏肉で調理されていたり、ネパール・チベット文化圏でおなじみの二口肉饅頭モモもベジ・モモが必ずどこの店にもあるのであった。

 

食事一つをとっても、地方が思い出される。

きっと私がまたネパール圏に旅をしたら、インドのなぜかチリソース押しのベジ・モモを思い出すのだろうし、今はこの肉食に関するちょっとの違和感を少しでもかみしめていたいと思う。