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「考える時間」と「勉強する時間」を一番大切にする考え方

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とにかく無駄が嫌いだ。

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例えば、PCで編集するのに、手書きのノートにものを書くのは、PC入力の時間が無駄なので、ノートに執筆するのが嫌いだし、音声入力も思いついた時に入力は出来るがそれを文字起こしする時間が無駄に感じられたり、編集する時間が勿体無いと思う。

 

ものにしても、時間にしてももったいないかどうか、というのは判断基準の大きいところを占めている。

 

無駄を省きたい。と思うので、余計な仕事はしないし、数手先にそれが回り回って自分のメリットになって還ってくると予測できないことにはお金も時間も手間も何もかけたくないと思う。

 

私は、貧乏性でもったいない精神が強いのだが、お金に対しては経験になるので、無頓着だが、時間に対してはシビアだ。

 

一言でいうと「生産性にうるさい」ということなのだが、あえて生産性という言葉にこだわらずにわかりやすく考えたいと思う。

 

仕事の口癖は「段取りが9割」

 

 

たとえば、創造的であるために仕事では選ぶ時間をなくしたくて、決まった服だけで回すようにしている。

 

仕事は予算と締め切り、ゴールをきめて、あとは仕組みと段取りさえすれば、結果が出せるので、その整備を一番最初にする。あとは、それに沿って微調整や研究を繰り返しながら、ゴールを目指すだけだ。

 

こうした、「勝ちパターン」を知ることも無駄を省く最適な方法だ。

 

判断基準を強く持って、判断をすぐできるというのは無駄に悩む時間を減らしてくれるし、例えばそれは日常のルーティーンの中で習慣化することで余る時間を産んでくれる。

 

「考える時間」と「勉強する時間」

 

その余る時間は、次への助走期間としてつかったり、あくまでも余った時間ではなくて、余る時間として先に予定してしまい、残りの時間で仕事を組み立てて、その時間からはみ出るものはやらないと決めてしまうことだ。

 

例えば、私はブログをはじめる心を育てるのに2年かかった。というよりも、正確には始めるまでにそれが無駄にならないようにするのに2年時間がかかった。

 

専門がなかった自分がアウトプットをすらすら出来るようなことを絞っていくのにも2年かかったし、その間に仕事の専門性を高めたことでアウトプットできる得意分野も一つつくることができた。

 

よく、準備せずに始めれば結果は後から付いてくるという考えもあるが、ゴールがどこかわからないうちは闇雲に走ってもその労力も時間もお金も無駄になってしまう

 

本気になるまで待つというのも大切だと思う。

 

どうしてはじめないのか?という裏の経験には例えば今までwebデザインのスクールに通おうとして挫折したり、翻訳のテキストを買ってみては開かなかったり、スノボをもらったので、シューズやウェアを揃えてみても、実際楽しめるものではなく、やめていったり、それまでに無駄にしてきた経験値が多いからだ。

 

思いだってそうだ。英会話講師が転職!とおもったこともあれば、レザークラフトの趣味を仕事に昇華させようとしたこともある。でも、環境の変化だったり、ライフスタイルの変化で大切なことが生活からなくなっていくこともある。

 

今まで始めたことを棚卸しする必要まではないのだけれど、30代から何かを始めるということは、すでにクセがわかっていたり、専門性がある程度明確になってこの道

!という決意もあったりする。

 

20代の時に30代での転職を怖いもののように思っていたりしたけれど、やはり最強は20代~30代にかけてこれ!という基盤を作るまではがむしゃらに色々試して、見るしかない。その中で、「無駄なものなんてない」とは言わない。無駄なことだってある。

 

「勉強になりました」の一言はごまかしだと思っていて、はっきり言って聞いても何のためにもならない話をする人との食事時間は1回限りでもすごく無駄だと思ったし、一人で食事をした方がよかったとそのあと嫌な気持ちが続くし、とんでもないヒモ男との交際経験は私に何の得も学習も残っていなかったと思う。

 

対象物が無駄に思えるかどうか、始めるとき、やる時のきっかけは、それが好き、基準なのか、得意基準なのかはどちらでもいいと思う。個人的には、気分屋なので得意でなくても、好きだから続けられる。という方がしっくりきている。

 

ブログを書くことは頭の整理や新しいものを勉強するためのきっかけとして、すでにそれ自体が見返りになって無駄にならないと分かった上で継続できるようになった。

 

私にとって、今会社の仕事だけを頑張って自分だけの未来を切り開かないような時間の使い方は無駄だと思っている。だから、今週3日休みという働き方を取り入れているけれど、それをできるのは過去に会社にコミットしまくって、それをしても認められる働きをした過去3年間の頑張りのおかげなので、それは無駄になっていない。

 

ただ、余計な体重にしかならない一時的なストレス発散の過食とか、長期的に見て無駄にならないか、あるいはマイナスにならないかという考え方が必要だ。1年すごく爆発的に成功しても、それが2030年続かなければ、チリも積もって結果的には2030年低空飛行している方がずっとよかったりするとも思う。

 

だから、喫茶店なんかは流行りのコンセプトのものよりも、きっとソフトで何らかの工夫を続けてきたのだろう、街の人に愛される純喫茶の方が好きだ。

 

例えば、車移動のメリットは、思い立った時に個室でいきなりブログがかけること。これは、地下鉄やバス通勤で途中に歩きのあるライフスタイルでは実現が難しい。

 

運転中に、ラジオを聞いてそれがお気に入りのドラマシリーズとかなら楽しんでいいのだが、そうでもないどうでもいい会話なんかは、無音にして考えをまとめたり、運転しながら深呼吸をして瞑想する時間にした方がずっといい。

 

限られた時間をどうつかうのか?無駄を極力省く時間をの使い方を考えると、そこには期待以上の集中力が発生するので、パフォーマンスもおのずと上がるし、「考える時間」と「勉強する時間」をつくれば、それがいいスパイラルで回っていくのでより無駄が減ります。

 

私は、人生と仕事で考える時間と勉強する時間を最優先に取れるように、これからも無駄を省き続けます。

 

そのために、「考える時間」と「勉強する時間」を先にスケジュールして、作業は「アウトプットする時間」として 大切にします。